星は落ちても雨にはならない。

 コサジさんとはキスだってしてない。
 もちろんその先だってしてないし、というか、コサジさんは私の手を握る事すら、微笑みながら怖がっているみたいだったから。身体には触れないようにした。でも出来るだけ近くに居たいから、コサジさんの荷物を持った。中身は大学の講義の資料や写真が多くて、少し重かったけど、気に入った写真はプリントアウトしてこっそりくれた。私の部屋には彗星や、爆発し続けている遠い宇宙の光が飾られている。コサジさんは嬉しそうだった。私も嬉しかった。部屋で一緒に紅茶を飲みながら簡単な宇宙の話をした。その時は隣にくっついてもコサジさんは嫌がらなかった。私の身長はコサジさんより少し低くて、首もとから、肩や鎖骨の辺りから、甘くない良い匂いがした。男の人の匂いが素敵だなと思ったことは今まで無かった。コサジさんを見つめた。コサジさんは微笑んでいた。私はそれを胸にしまった。
 週末はいつもコサジさんとドライブに出かけた。トランクに天体望遠鏡と毛布と折りたたみの椅子を積み込んだ。天体観測をして、そのままいろんな話をした。私の普段の生活のことでも、友達からの恋愛の相談ごとでも、コサジさんは聞いてくれた。
 世界の状況や隣の国との戦争の事、飢えることと満足しない私たちのこと。それでも身近な人はやっぱり大切だし、昨日まで知らなかった人を裁かなきゃいけないのは辛いよねって話した。コサジさんはうん、うん、と答えてくれた。その音がとても柔らかくて、厚みのある背中と胸の間にその音がしまわれているんだと思った。その声は、とても大切に鳴らされていた。それが聞けているのは私だけで、それだけで、何かに大きく赦されているような気がした。

 「忘れてしまわないようにね」

 コサジさんはそう言った。音は相変わらず優しくて、私はそれを自分の胸の中に飲み込んだ。暖かいものを逃がさないように必死だった。考え過ぎて苦しくなった私は、静かに涙を流していた。
 初めて、頬に触れてくれた。

 *

 ふと思い出したんだ。今日は、雨だったから。
 コサジさんは覚えているんだろうか。私は忘れてしまっていた。今日雨が降るまで、こうやって過ごした日々があったことを、私は忘れていたんだ。今も私は生きることに必死で、こうやって、雨雲が晴れるのを待っている。
 どうにもならない迷い事は今も私の中にある。コサジさんのくれた暖かいものは、今もあるだろうか。
 あると良いな。私の言葉に、混じっていたら良いな。