「そういや、最近どうしてんの?」

 仕事終わりで疲れているくせに、さっきから部屋の掃除を止められない。
 いつから誰かと話すきっかけ作りが下手になったのだろう。何気ない会話を始めるのにも、何か理由が必要な気がしてしまう。たぶんそれは、話したいと思っているのが私だけで、結果的に相手を巻き込む形にしかならないからだろう。と、そう自己完結するのは悪い癖だとは思う。素直じゃないなぁ、私は。昔から素直だったことなんてないけど、ここ数年で更に心が閉じている気がする。
 そのせいか、最近食欲がどんどん減っている。言い訳は幾つでもある。暑い日が続くと私はすぐに食べたい物がなくなる。コーヒーと栄養ドリンクと、あとはタバコと。申し訳程度に野菜ジュースを飲んでみたりヨーグルトを食べたり。身体に良くないことは分かっているけど、食べたくない。夏バテだからなのか、それよりも気分が乗らないのが原因なのか。ちゃんとした食事を摂るのが昔から下手だ。それも悪循環の理由だと思う。

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 野菜スープを作った。鶏肉とじゃがいもとトマトを適当に切って、塩とコンソメで味付けしたシンプルなスープ。作っている時は食べたいと思っていたのだろうか。今はもうそれすら分からない。じゃがいもはどんどん煮えていく。トマトは溶けていく。明日の朝は食べられるだろうか。料理が上手ければ、誰かに食べさせることもできるだろうけど。そうやって、お腹空いてる?って誰かを呼べるかもしれない。でもそんな女らしさは、私には備わっていない。全然家庭的じゃないし、餌を撒いてるような自分に冷めてしまう。世の女達は上手くこなしているのだろうか。私は私の世話をするので精一杯だ。
 あいつは今、何してるんだろう。
 私の頭の中では上手く言葉にできないもやもやが溢れている。こんな夜はどうして良いか分からなくなる。あいつは今夜、どうしているんだろう。そう気にしていることが、電線や電波で伝われば良いのに。自然に、なんとなく話しかけてくれれば良いのに。そうすれば私は仕方なく電話に出るだろうし、嫌々近所の居酒屋にでも呑みに行ってあげるかもしれないのに。そういう想像をする私は醜い。臆病者だ。迷惑でウザい。分かっている、そんなことは。でも、そう思ってしまうような夜だって、こうしてやってくるんだ。悪いのはあいつでもない。私でも無いはずだ。たぶん。

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 なんとなく今度は本棚を片付け始めた。そして玄関の靴を整えた。何が起きても良いように、誰が訪ねてきても良いように。もしかしたらあいつがふらっと部屋を訪ねてくるかもしれない。趣味の偏った本棚を見つめて、これ読んで良い?とか言うかもしれない。私はそうなることを予想して、あいつが気になりそうな「戦争」とか「月」とかの本を並べておいた。私が好きなのは海外の翻訳小説だけど、あいつはそれを読み切るくらい長居してくれたことが無いから、パラパラ眺められる写真集を並べておくんだ。小説は奥へ仕舞う。片付けは進む。そうしている内に、私の頭からもやもやが出て行ってくれるように。

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 これは、私のささやかな抵抗だ。あいつに甘えてしまいそうになる自分を、そんな夜を乗り越える為の。
 そして、私の醜い努力だとも思う。強がりでプライドばかり高い、臆病な私の歪んだ努力。