ずるい男。

 生まれ変わったら、少しだけずるい男になろう。
 居酒屋でいつもみたいに呑んだ帰り、私はつまんない男と別れてやたらと開放的で気分がよくて、ソウタがうちへ寄ってく?っていうから、寄っていってもいいかなと思った。それだけだ。電気をつけないとソウタの部屋は暗くて、何かが乾いているような空気が満ちていた。私は急いでカーテンと窓を開けると、外の街灯の光がソウタの部屋に射し込んだ。
 部屋の至る所に本が積まれていた。どれもこれも分厚い学術書みたいだった。心理学の本とか哲学の本とか、幾つも無造作に積んであった。
 ソウタは別にそっち系の大学に通ってない。高校を卒業してすぐ東京に出てきて、今はフリーターだ。将来のことは、まぁなるようになる、とかいつも言ってる。だから社会の人より多少余ってる時間を使って、ソウタはいつもタバコを吸う。もしくは甘いカフェオレを飲んでる。そして私と会う。時間の浪費だと私が言うと、無駄な時間なんて一秒たりとも無いとか、ソウタは言う。私は、ソウタがバイトばっかしてフラフラしてる不安定な人間だと思っていたから少し驚いた。私と会ってない時間、ソウタはこういう難しい本を読んで何を考えてるんだろう。
 聞いてもソウタは答えてくれない。それから黙って一緒に寝転んでいた。狭い天井を静かに見つめていると、私たちがついさっきまでお互いの裸に緊張していたのを忘れそうになる。慣れてしまえばこんなもんだ。結局どうしたって私は私、ソウタはソウタ。それ以上は近づけない。だから理由なんて教えてくれなくて、普通だと思う。こういう所は、ソウタもつまんない男も変わらなかった。
 この部屋には私の知らないソウタが重く積まれている。これを全部読んだらソウタを少しは理解できるのかな。そんなことも考えたけれど、たぶんソウタはそんなことは望んでない。だから私を部屋に案内してくれたんだろう。私はあんまり頭も良くないし、でも相手が何を望んでいるかを察してあげることくらいは出来る女だから。


 ずるい男。自分の丈にあった付き合いしかしない癖に、隠れて皆を追い抜こうとしてる。


 ソウタは誰かと一緒に呑んで騒ぐのが好きで、その癖にいつも一人が楽だって言う。
 私はいつもソウタに誘われて、少しだけ付き合う。私の前だと、ソウタはたまに真面目な話をする。
 私と会うのは、そんなに嫌じゃないとかソウタは言う。ソウタはきっと寂しいんだろうなと、私はいつも思う。
 だから一緒にいてあげても良いかなと、私は思う。それだけだ。