目覚め、懺悔。

 いつまでも微睡んでいたい朝、私は思い出すようにしている。辛い記憶、それも、大切な人の。

 その日も私は朝からひどい低血圧に悩まされていた。枕元に置いてあるチョコの小さな包み紙にも手が延びないほど、全てに対して意欲がわかなかった。知っている全てが吹き飛んで無くなっていれば良いのに、知っている人も居なくて、街も崩れて荒れ果てて、そうなっていれば、私はこの部屋から出る必要も無いのに。こうしてまた一日、私は生きなくて良いのに。

 なんだかんだ言って、それでも私は起きる。私が居なくなっても毎朝の仕事や日本の経済、大きなうねりのような世界の流れは変わらない。それは分かっている。でも、私を待っている人が、何人かはいるんだ。その人達に申し訳なくて、その人達を裏切る気持ちにはなれなくて、私は布団の中からもぞもぞと動き出す。

 とりあえず暖房のスイッチを入れた。温度は少し高めに24度。風量は最大。これならすぐに部屋も暖まるから。でも、暖まってしまったら、私は起きなくてはいけない。そんな気持ちを、いつもどうして良いか分からなくなる。いつもは騙し騙し身体を動かして、髪を整えて鏡を見ている内に、諦めがつくんだけど。今日は、なかなか重い。持ち上がってくれない。


 
 「『ごめん、今は、責任は取れない』、ってさ」

 そう言われた彼女は、いつものように自分のベッドの上で、壁の時計を眺めていた。その言葉は過去の言葉。もう一週間くらい前になるだろうか。彼女と、元彼氏の会話だ。

 「なんであんたが黙んの?」

 そう言われても、黙ってしまう私を変えられない。黙らない方法なんてあるのか、黙らなかったら彼女は喜んだろうか? そんなの、言うまでもなく分かりきってることじゃないか。

 その時の彼女の表情とか、眼の中に映っているものとか、身体の中の空洞に響いている音とか。
 私は、瞬間的な絶望に包まれてしまう。


 どうして子どもを望まない。望まないならどうして。
 これは人の業のようなものだからとか、現実的だとか経済的だとか、そんな理由が聞きたいんじゃない。
 どうして受け入れてやれなかったんだ。受け入れられないなら、どうして近づいたんだ?
 こんなに絶対的な絶望に、私はそれまで出会ったことが無かった。
 


 彼女とは頻繁に今でも会う。お互いの転機や何かをリセットしたり、リスタートしたい時に。
 彼女は知らない。私が自分を目覚めさせる時、こういう記憶を取り出していることを。
 話すつもりも無いんだけど。