ごめんねアナロジー
「デュエットって、なんだか恥ずかしいよね」
付き合い始めて、初めて二人でカラオケに行った日のことだ。街中のカラオケにいくことになって、部屋についたまではお互い盛り上がっていたんだけど、部屋のドアを閉めてからなんとなく沈黙が始まった。どちらかが歌い出さないと始まらないから、とりあえず歌本をパラパラめくるんだけど、歌う曲についてあれこれ考えたりして。そんな気まずい雰囲気をなんとかしようとしてくれたのか、彼女がそう言った。
「俺もあんまり。デュエットってさ、なんだかおじさんやおばさんってイメージがあって」
「ね。素敵な曲もあるんだけどね」
素敵な曲もあるんだけどね、その言葉にひっかかってしまった。もしかして、何か答え方間違ったか。
「でも、歌ってみる?」
突然の誘いに、心臓が早くなっていく。別にただ一緒に歌おうって言ってくれただけなのに、彼女が誘ってくれることが、なぜだかとても嬉しい。自分がいま、世界の誰よりも馬鹿なのは分かっているけど、こういうことにいちいち反応してしまうのは、きっと身体がそうできているんだ。だから仕方ないんだ。男ってそういうもんなんだろう、たぶん。でも、何歌う?
「おすすめの曲とか、ある?」
「うーん、私あんまり歌に詳しくないけど……」
またお互い歌本をながめる時間になった。まずいよ、どうしてこういう時の為に下調べしとかないんだ俺。せっかく一緒に歌えるチャンスなのに。
「田宮くんってさ、友達とかとカラオケで、どんなの歌うの?」
自分の普段歌う曲って、男同士でガンガンに騒ぐような曲だから、あんまり今に合う歌が無い。どんな曲って答えたら当たりなんだ? なんとなく話題がデュエットから離れだしていることを感じたけど、沈黙よりは良い。何か答えないと。
「リップスライムとか、でも、男同士で騒ぐ感じだから」
「リップスライムって、ラップとか?」
「そうそう、言葉の掛け合いとか、上手く合わせられると気持ち良いんだよ」
「私、ラップ苦手かも、リズム感あんまり良くないから。ごめんね」
まずいよ……リズム感とかじゃなくまずい! なんとかして合わせなくては。別にラップとかどうでも良いんだ、それは普段馬鹿やってる時だから楽しいのであって、今はそんなこと気にしないで! 気にしないで欲しいけど、でも、どうしたら良いんだ?
結局カラオケはそれ程盛り上がらず、少しだけ歌って、後はお互いの話をすることになった。彼女と俺の気まずい雰囲気を立て直してくれたのは、飲み物を持って来た店員さんだった。語尾が少し変で、ごゆっくりどうぞの「ぞ」がなんだか高い音だったから、彼女が笑って、俺もつられて笑って、それで無理に歌うのは止めて、ゆっくりいろんなことを話した。
店を出ると夕暮れがキレイで、明日提出の小論文を書き上げなきゃと彼女がいうので、夕食を一緒に食べる予定も変更して、駅に向かうことになった。少し寂しい気もするけど、仕方ない。きっと、寂しい気持ちが強いのは夕暮れのせいだ。日の入りは少し寂しい時間帯じゃないか。そのせいだ。
「田宮くんって、あんまり私と似てないかもね」
息が止まるかと思った。
「どうして?」
「いろいろ話していて、そんな感じがしたの。好きな歌も、好きな遊びも、似ているけど、少しだけ違っていて。それって、少しずつ違うって、きっとあんまり似てないってことなのかなぁって、なんとなくね」
「似てない、か」
「あのね、悪い意味じゃないんだ。違うとは思ってないし、でも一緒だとも思ってなくて。だから、なんかそういう当たり前のことに今日は気付いたっていうか」
「俺は似ていると思うよ、というか、そうありたい」
しばらく、ただ歩いた。二人とも、同じ速さで歩いているんだけど、俺には沈黙が重く感じられた。重くて、どんどん重くなって、同じ速さを保つには、もっともっと強くならなくてはいけない、速度を落とさない為に、一緒に歩く為に。焦りばかりが大きくなって、でも彼女は歩き続けるから、俺も歩いていたいから、歩き続ける、続けるんだけど。
「それじゃ、またね」
一緒に帰れる帰り道の、一番最後の交差点で、彼女はそう言って小さく手を振った。
「あのさ!」
「なに?」
「似ているとか、似てないとか、すごくよく分かるよ」
「さっきの話のこと?」
「うん、だから、歩きながらだけど、少し考えたんだ。だから、今日は楽しかった、楽しかったから」
「うん、私もそう——」
「違うんだ! 上手く言葉になってこないけど……違うんだよ」
今日は、何度目の沈黙だろう。でも、必要な沈黙なことは、確かだ。
「今日、一緒に遊べたのは、お互いが似てたからで、それで、いろいろ話ができたのは、お互いが似てないからで、だから、今日が楽しかったのは、そういう全部が必要だったからで、だから」
「ごめんね」
どうして、ごめんね? ごめんねって、どういう意味なのか、初めて分からなくなった。今まで聞いたことの無い言葉だったから、動揺が隠せなくなる。
「私もいろいろ考えたつもりだったんだ、今日は。でも、今言われてやっと分かってきた気がする、私が田宮くんをどうして好きなのか」
「きっと、もっと分かりたいんだと思う。だから、明日も、また学校で」
今、こうして振り返ってみても、何が正解だったか、何処で間違えたかなんて、よく分からない。彼女は小論文に何を書いたんだろう? それは誰のこと? 何のことについて? 彼女は何を考えている?
明日また、それを話そう。どんなことが好きで、楽しみで、憂鬱で、不安で、でもわくわくしたり、密かに期待してたり、でも裏切られて傷ついて、それでも笑って、ちゃんと笑って、いつのまにか元気になって、それで、それで……ごめんねって、どういう意味なのか。
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