このまま終わりに

 1999年、僕らの夏はいつものように過ぎていた。
 代わり映えのしない日常、ただ暑いだけの季節に、僕らはうんざりしていた。一夏の恋も、一夜の蜜夜もないまま、ただだらだらと喫茶店で時間をつぶしてみたり、気まぐれに駅前の店を覗き歩く毎日だった。僕らはそれが誰かに仕組まれているがごとく、しかしその仕組まれた日常を変える気すら起こさないくらい、ただただ、だらけていた。

 いつもの様にサンデーという喫茶店でたばことカプチーノでだらけていると、側の席の老人が話しかけてきた。
 「お前達の日常を、いくら払えば売ってくれるんだ?」
 「いくらって、じいさん、日常なんて売れ物にならないよ」
 「私にとっては高価な車よりも家よりも手に入れたいものなのだよ。で、いくらだ?」
 「しつこいじいさんだなぁ……」
 その時丁度眼に入ったのが、「山ぶどうアイス 200円」だった。なんとか少々おかしなじいさんをやり過ごしたい僕は、ふと「200万円です」と言った。だが、
 「なら、その値で買うよ」
 そう老人は小さく言うと、帽子を取ってぺこりと頭を下げそのまま店を出て行ったのだった。

 僕らはその札束をどうして良いか分からず、そのままとりあえず川まで歩いて考え続けた。
 この金は本当の金なのか? じいさんが資産家か何かで僕らをからかって遊んでいるんだろうか。そもそも日常を売るなんてこと、できっこ無いじゃないか。きっと騙されただけなんだ、この金も偽物で、じいさんの暇つぶしに付き合わさされただけなんだ、きっと。
 それにしては札束はよく出来ていた。透かしも質感も本物そっくりで、よくできたものだった。一枚だけ落ちている分にはおそらく本物だと喜んで拾っただろう。しかしそんな札束も今では全くの偽物のように地面に置かれていた。
 「なぁ、これ燃やしてみねぇ?」
 何度も言うように、僕らは退屈している。この夏の毎日に、そしてくすぶり続けている自分たちに。そんな僕らにはそれが良いアイデアに思えたのだ。どんなに馬鹿げていても、今以上に馬鹿らしくなることなんてない。

 燃え始めた札束は、思ったよりもよく燃えた。そんな当たり前のことを考えながら僕らはひとり、またひとりと家路につく。今日もまた同じような一日が終わってゆく。眠って起きて、また眠るのだ。
 
 そんな夜のはずが、僕らの中でひとりだけ、放火犯の悪癖のように放火現場に戻ったやつがいた。
 僕らが老人の言った本当の意味に気付いたのは、それから三日後のことだった。