リズムのあいだに。
一番の不幸は、それに怯えている間のこと。
恐れるものがない時が、一番の恐怖を運んでくる。男はそう信じていた。最悪はいつも予兆なんて見せずに、身体の内側から姿を現す。身体の何処かが腐れていくように、ひどい臭いと濁った血液とが静かに全身へ循環していく。髪は抜け落ちて、手足の震えは食事が終わる度にしばらく止まらなくなる。掌にはいつつけたか分からない内出血と変色していく血管の後があった。しかし、男はまだ最悪ではなかったのだ。
男は自分が確実に死へ向かっていることを受け入れていた。しかし、その後はどうなるのか?
魂に重さがあるという話を聞けば、そこを汚さずに身体から取り出す妄想にふける。意識を意識たらしめている基盤が何処にあるか分からないが、それに必要なものは金で買えるだろうかと考える。息子と娘には俺の魂の一部が受け継がれていて、その分自分の寿命が削られているとしたら、人はいずれ行き詰まる運命なのだろうと眠る子らを見る。
暗い暗い底の底で、微かに注ぐ光にねじをまかれながら全ての物事は流転する。植物と動物は活動の周期をそれにより決める。しかし人はその軸を自分の中に立たせる。リズムは我にありと言わんばかりに、太陽の光を掌の上において。
リズムが自分を支えてくれるのは、それが生きている間だけだ。それが崩れたあとは、どうする。何を軸にする。
男は不安だった。つまり、不幸であった。