もう僕が音楽の道に進むことはなかった。

 初めて買ったアコースティックギター。左指に豆が出来て潰れるのを待たずに、僕の部屋のインテリアになった。思った音が出せなかったこと、家がマンションで音を気にしたこと、もう少しだけ練習して、もう少しだけ身体とギターがなじんでいけば、もしかしたら、もしかしたら僕は音楽を続けていたかもしれない。続けていたなんて書けるほど、上手くはなかったけれども。騒音にも負けてしまうような動機だったしね。はっきり書く、僕は諦めたんだ。
 とにかく、僕は音楽が大好きだった。それははっきりと言える。それもギターやベース、ドラム、そしてボーカルのバンドという姿に憧れた。彼らの全てが僕を、今も昔もこれからも魅了し続けていくだろう。誰かが彼らを「無敵」と言ったけど、それは本当にそうだ。完璧ではない所が、つまり無敵だ。
 東京で暮らし始めても、その時に買ったアコースティックギターは、僕の部屋にある。少し埃をかぶって、おそらくカバーの下の弦は錆びてしまっただろう。未練たらしいとは思わない。なぜなら、こうして僕は文章を書くことを続けている。ギターについて、叶わなかった音楽の道について、仲間と一緒にバンドを組むことについて、僕は書くことが出来る。ギターができなかったから、僕は文章で自分を表現することを、その力を得られた気がするんだ。
 だから僕はもう、音楽を仕事や人生の一番中心にはおかない。まだ生きていけば人生も長いだろうけど、もう追いつけない人がいっぱいいて、それが分かっているから、音楽はやらない。
 これからも音楽を聞きながら、悔しさを時には感じるだろう。このステージに立ちたい、この曲を生み出したい、この歓声を共有したい。でもその想いが、僕にまた物語を書かせてくれるはずだ。だから悔しさも、バネに変えて。
 もう僕が音楽の道に進むことは、無くなった。
 それは、僕が物語の道に進むことを、選んだことでもある。
 ありがとう、あの日のギター。ありがとう。

横濱ウィンナー [DVD]

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