七つ森の言い伝え

 私の生まれた土地には森が無かった。あったのは荒れ果てた荒野かアスファルトで舗装された道ばかり。建物も多かったがその多くの壁にはヒビが幾つも入っていて、中に住んでいるのは「住民」の地位を追い出された「元人間」達かならず者ばかり。大地は彼らに優しくはしない。しかし彼らに優しくしなかった「人間」達に比べればどうということも無かった。

 私の父と母はそれぞれ別々の土地を追い出された「元人間」達だ。見た目は何が違うという訳でもないのに、彼らを排除した「人間」達からすれば大きな違いを抱えていたようである。言葉の違い、文節の違い、その連鎖の違いなど、まずは口元から何かと違いを指摘しては忌み嫌い、ついには彼らを文字通り「全身で」人間と認めなくなった。「違っていることと、似ていることと、そこに区別などあるのだろうか。そしてどちらが建設的な言葉だろうか」と書籍管理課の職に就いていた父は手記に残している。私ももっともな意見だと思う。

 そうして追い出された者達は荒野をさまようこととなったが、彼らにも希望が一つだけあった。それが「七つ森の言い伝え」である。

 この世界のありとあらゆる植物には生まれ故郷があり、それは七つの離れた森である、というものだ。

 七つの森の面積も場所も明らかではないが、世界の何処かにあり、そしてそれぞれが均等に離れている、というのが唯一の情報だった。どれか一つを目指すことは、それ以外から離れていくということ。選んだ森の方向を誤るともちろん飢え死には確実だが、途中で迷い道を戻っても待っているのは確実な死であった。信じること。それを貫くこと。「人間」の場所を追い出された者達が、唯一「人間」に対抗できる方法はそれしかなかったのだ。

 旅立ちの日には多くの者がその言い伝えを信仰として出発する。しかしそれを最後まで続けたものの話は聞かない。果たしてたどり着いたのだろうか。それとも途中で息絶えたのか。
 それを今から私自身の足で確かめに行こうと思う。父に再開し、母を迎えに戻る為に。