小さな子猫に、はじめまして。

 あたしの中でのお母さんの記憶と言えば、小麦粉をこねている姿だった。
 みんな一人ずつ、何か特別な思い出を持っていると思う。はじめて自転車に乗れた日の夕焼けとか、夏祭りでお父さんの胸の中で眠った記憶とか、それぞれが大切に抱えている思い出は、いつまでも色あせない。もちろん、大人になってからだって良いことがたくさんあるから、その特別な思い出も、最初に思い出すことはできないかもしれない。でも、きっと誰でもあるはずだ。

 あたしの家ではお母さんがいつも料理を作ってくれた。お父さんはいつも食べる係で、小さい頃のあたしもその係だった。良く思い出せないけど、ある日を境に食べる時はお父さんと同じ係だけど、その他の時はお母さんと同じことをしているのに気付いてしまったのだ。そう、私は生まれて初めて料理を自分から作りたいと思った、そしてそのことをお母さんに話した。それは、あたしが大人になり始めた最初の日かもしれない。

 お母さんはその時のあたしに何ができるかを考えてくれて、そして取り出したのは小麦粉だった。その時あたしは小麦粉の使い方を初めて知った。お母さんと一緒に行ったスーパーでは見かけることはあったけど、それが何に使うものかはよく分からなかったのだ。お母さんはこの白い小麦粉からいろんな食べ物が作れるのよ、たとえばパン、たとえばおうどん、たとえばホットケーキみたいにね、と大きなボールに小麦粉を何杯か入れた。あたしは白い粉がそれぞれの食べ物に変身していくのを想像しながら、今度は水を入れるのよ、と一緒に少しずつ水を入れた。

 さいばしの先で混じって行く小麦粉と水は、なんだか紐のようにもねんどのようにもなって、不思議な気持ちで見続けていた。さらさらしたものが、だんだん一つに集まっていって、そろそろこねましょうか、とお母さんの手の平の中で小さな猫のように丸くなっていった。私も一緒にこねて、こねて、更に周りの粉を集めて、気付くとすべすべした白い毛並みの子猫がボールの中に眠っていた。上手いわね、とお母さんは良い、私ははじめて何かを作った嬉しさで、その子猫をとても愛おしく、大切なものなんだと感じた。