観に行って、帰ってくる。

 先日、演劇を二つ観に行きました。
 一つは、劇団☆新感線の「蛮幽鬼」。裏切られて友を失い、己の全てを復讐へ走らせた、男の物語。

 遠い昔。各地の豪族支配から、ようやく一つの政権が出来上がりつつある島国・鳳来(ほうらい)の国にまつわる物語。
 鳳来の国の若者四人は、国をまとめる精神的支柱として果拿(かだ)の国の国教“蛮教(ばんきょう)”を学ぶために留学している。その中の一人、京兼調部(きょうがねしらべ)が暗殺され、同行の伊達土門(だてのどもん)【上川隆也】が無実の罪により監獄島に幽閉される。土門は、濡れ衣を着せた稀浮名(きのうきな)、音津空麿(おとつのからまろ)への復讐を誓う—

 いわゆる、作・中島かずきの「いのうえ歌舞伎」というのを観るのは初めてでした。以前「メタルマクベス」を友人に誘われて観たことがあったのですが、そっちは作・宮藤官九郎だったからねー。今回もその友達の誘いで行ってきました。面白かったです。上川隆也さんはもちろんカッコいいのですが、堺雅人さんの笑顔が生で観られたことに感動です。キャーキャー言ってしまう人の気持ちが分かるわ。あのさわやかで癒される笑顔で、計算高い冷酷な殺し屋の役とか。たまらない。このままファンになりそうです。
 私の席はちょうど舞台の真横の三階席で、普通に観劇する人にとってはあまり良い席ではありません。けれど、舞台裏やセットの造りをじっくり観てみたい私にとっては素晴らしく興味津々。出演者の着ている衣装や小道具を観ていると、大学時代にやった行事を思い出します。舞台装置の組み方から動かし方、手作りの細工、蓄光テープが貼ってあるのかなぁとか、暗転中に裏方さん達はどうやって仕事をしているのかなぁとか……。あぁ、懐かしい。もちろんスケールも工夫も全然違いますけどね。裏でこの舞台の魅力を支えている人が大勢いるんだなぁと思うと、なんだか胸に熱く暖かいものがこみ上げます。面白いものを見せてくれる人たちに、勝手に感謝してしまいました。

 もう一つは、作・後藤ひろひとの「姫が愛したダニ小僧」。こちらは「Pete's Parking」と「青春事情」という二つの劇団のコラボレーション企画のようでした。

 祖母が亡くなり、遺品を受け取りに鯖田老人介護ホームを訪れた祐一とエリ夫婦。
 そこで彼らは自らを「すみれ姫」と名乗るお婆さんと出会う。恋するダニ小僧を探していると言うすみれ姫を最初は「老人ボケ」と流していた二人だったが、すみれ姫の言葉通り現れる剣士城一郎や橋本ゆうじ、髑髏丸に乗った豚女の登場に次第に嘘だか本当だかわからない姫の世界へと巻き込まれていく。
 一体どこまでが現実なのか???
そして・・・すみれ姫はダニ小僧に会えるのか???

 戯曲自体は2005年に公演されたものです。本家の演出とはまた少し違うのでしょうが、これまた面白かった……。観る人のコンディションに大きく左右されるかもしれない作品ですが、私はもう、どうしてか、3回程泣きそうになってしまい、そのまま静かに我慢しました。でも我慢すればする程、涙がこみ上げてしまって。どうかしてるんでしょうかね、最近。
 すみれ姫がダニ小僧との思い出話をしているシーンで我慢し、自殺をしようとしていた会社員の小さい頃の思い出で我慢し、ラストの祐一とエリが施設の人へ「お婆さんをよろしくお願いします」のシーンから最後の最後までずっと我慢していて、もう、なんというか、ダメダメでした。
 内容としては、設定もネーミングもギャグも全て捻くれているように見えるのに、基礎はとんでもなく王道の展開で進められていて、素晴らしかった。どうしようもなく優しくて、ばかばかしくて、演じている人たちも一生懸命で楽しそうで……。舞台の中の彼らの汗が見えて、距離感がとても心地よかったです。この場にいられることに、とんでもなく大きな価値がある気がしました。
 何処かの誰かのものではなく、確実に今この場所にいる私たち全ての為の物語。言葉はカタいですけど、そんな気持ちになりました。

 私が観てきたものはなんだったんだろーなぁと、今その二つを思い出すと考えてしまいます。
 もちろんストーリーを追って登場人物達を観ていました。でも、それだけじゃあないなぁ。観に行く日程が決まってから、その演劇についての情報を調べてみたり、当日の朝は少し早く起きたり、開演の前に携帯の電源を切ったり、終えてから友達と飲みに行ったり、こうして感想を言葉にしてまとめてみたり……。そういう「私たち」の物語もあれば、公演まで稽古をしている「彼ら」の物語もある。小さい頃から役者になりたくて頑張ってる人もいただろうし、途中で諦めてまた始めた人もいただろうし、彼らと関わった人の中には引退したり応援する側に回った人もいる。それぞれの一瞬がこうして同じ日の同じ時間に、舞台の幕が上がると始まって、濃密な時間を作っている。終わった後には、満足と達成感と、思い出が出来ている。
 フィクションの世界へは、逃げ出すために出かけるのではないのですね。現実に帰って来た時に、思い出を持ち帰る為に、出かけるのですね。
 なんかすげー良いこと言ったような気がするー! けど、そんなこと皆もう知っている気もする。恥ずかしいから、わざわざ言葉にしないだけで。
 どうせ恥ずかしい人間なら、素直に舞台を観て泣けば良かったなぁ。という訳で、いずれまた、何かを観に行きます。今度は素直に泣いてきます。
 長文失礼しました。