「朗読者」

 最近は物語の話をできていなかったので。

朗読者 (新潮文庫)

朗読者 (新潮文庫)

 思い付くままに書くので、乱文です。失礼。
 「朗読者」はとても優れた作品だと思う。でも、これがミステリーだとかラブストーリーだとか、そういうジャンル物として宣伝されていることには、少し疑問を感じる。裏表紙とか、映画化を告知する文庫版についた帯とかね。私が持っているその「ジャンル物」への先入観とのズレが、そうさせているのかもしれない。というかそうなんだろうけど……もっと上手く言い表す言葉がある気がするんだ。
 この物語の特色と呼べる要素が幾つもあるように思った。上手い表現がまとまりきらないのは、たぶんそれが理由だろう。

 ・母子ほど歳の離れたハンナとミヒャエルの関係(しかも男の子は初めての”恋愛”だろうし、セックスと匂いの経験が濃密な記憶を作っている)。
 ・強制収容所や焼けた塔、その主犯として裁かれるハンナ(裁く側も同じドイツ人達であること)。
 ・文盲によるハンディキャップと、それを理解しようともがくミヒャエル(朗読という行為が、物語の展開と共に意味を変える。愛情表現としての朗読、ハンデを恥じるが故の朗読、そして読み書きを学んだ後もなぜ朗読を続けてしまったのか、という三点)

 大きい所だとこの三点なのかな。それぞれ特殊な恋愛体験、大戦の歴史と社会性、「朗読」への認識のすれ違いと、三つの要素として物語のバトンを渡し合っているように思う。どれも主軸と呼んで良いと思うし、どれも主軸として重々しく語らなかったのがこの作品の良さとも思える。この揃い方だからこそ、二人の関係や社会背景を通して、物語が奥深く感じられたのかな。だから面白いんだと思うんだけど……
 終盤のハンナが出所する日がもうすぐって所までを私は、「純文学的」に楽しんだ。「純文学的」というのが正しい言葉の使い方かは分からないけれど、つまりは読者が歩み寄って読み解くこと、想像することで自分なりの意味を見出す、という楽しみ方をしたのです。伏線と回収があるわけでもなく、エンタメ的に口当たりの良い結末があるわけでもない。あーいうこと?こーいうこと?って頭の中で全体像や細部を想像しながら読む、そういう読者でいたのです。ジャンル物ではそう読むのは難しいと思うのです。テーマが絞られると、結論も絞られてしまう感じがして、過程を楽しむよりも結末を探す楽しみ方をしてしまうのです。
 物語が収束を始めたのはハンナが首をつってからだった。それはもう読んだ瞬間に分かった。上記三つの収束点は完全にここ。そしてその収束の仕方が、実にエンターテイメントの文法のように感じられて、一瞬で私と物語には距離ができてしまった。
 「純文学的」な楽しみ方ができるのは、簡単に言うと、物語が曖昧だからだ。でも、ハンナが死んでしまうという展開は、その曖昧さや読者の領分であった余白を、一気に物語の内側へと回収してしまう。不可逆的に。ハンナとのやりとりがこれから先、永久に無理と分かると、上に書いた三つの要素(恋愛、社会性、理解不理解)が完全に停止してしまった。恋人であるハンナを失い、許されるべきハンナを失い、分かり合うべきハンナを失ってしまった。
 実際の出来事ならこの展開はあるのかもしれない。可能性として充分に。でも、物語の終わりをこう展開させられて、読者の私は上手く物語に乗り続けられなかった。

 *

 そこから先は、もう何も言うことはないってくらい、穏やかだ。ハンナのお金を貯めてた缶の行方とか、遺書とか、ミヒャエルがどう受け止めたかとか、とてもきれい。もちろん感動的だと思う。でも、感情を乗せて読むのは難しかった。いい話だなーと、冷めて読んでしまった。
 ハンナの死が突然過ぎたのかな。もしくは、ミヒャエルが自分の中で消化していくのが嫌だったのかもしれない。ハンナのことを、自分ひとりで考えて、結論を導いて整理しようとするのが、どうしても嫌だった。もちろんハンナが生きていても結論なんて何一つ分からなかったかもしれない。はっきりしないままかも。でも、死んでしまった相手を自分の都合の良いように解釈したり、脳の奥の思い出箱に仕舞うようなことを、どう納得できようか。そんなの勝手だ。いっそ、物語としてはハンナが生きているまま、全ての要素に対して作者もお手上げであるように突き進めば良かったんだと、思ってしまうくらい。

 とかなんとか言いつつ、こうしてあれこれ考えて、感想を長々と書いてしまうあたり、私は熱心な読者になるのだろうと思う。読んでて面白かったのは事実だし。もっとこうだったら……!って思うのはハマってる証拠だしね。
 でもやはり、ラブストーリーなんだろうかと、疑問。そういう風に売り出したり入ってもらった方が、いろいろと都合が良いのは分かる。お金とか、間口とかね。でもなぁ。なんだかなぁ。
 ごちそうさまでした。長文失礼しました。