「たぶんこれだ」を、信じる。

 どんな仕事も技術も、長く続けていればそれなりの形にはなる。
 慣れと経験を積み上げて、想定できる範囲が広がって、時間が技術を肉体へ変えるからだ。たぶんそれはどの世界でもそうなのだろうと思う。音楽の世界も数学の世界も、販売も開発も、いかに速く泳ぐかも、脚本も同じ。
 物事の最初の段階で見通しがつくようになると、無駄な失敗をしなくなる。違うんじゃないかなぁ、こうした方が安定していくのでは、という「たぶんこれだ」が感覚的に分かる。成功率は上がって、何かのタイミングが良ければ、自己ベストを更新するような経験をする。それを引き寄せる、ある種の引力が働き始める。

 理性的であろうとして、経験を重ねていって、その先にあるのは、ひらめきや天啓。直感で「良い」と思うもの。そういうものが今まで幾つもの傑作を生み出してきた。
 でも、根拠の無いものをどうして信じるんだろうか。そう考える自分もいる。

 きっと、ひらめきや天啓を信頼出来る人は、自分を信じているんだ。それまでの自分のこと、今自分が感じている感覚、それらが正しいと信じているから、「たぶんこれだ」を信じられる。同時に、信じた自分を疑わない。そこに時間をかけることを、あまり効果的と感じてないんだと思う。

 考えて悩んで苦しんで、うんうん唸って導き出した後じゃなきゃ、いかん。
 何を信じてもそれは、単に責任を転嫁したに過ぎないじゃない。適当に身近にあった都合の良いものを、なんとなく自分の信念のように引き寄せて、信条に仕立て上げて、型にはめてみただけじゃない。

 私は、自分が信じたくて、今も生きているのかなぁとふと思った。そんな中央線の車内。

 大久保の街はぶらぶらしてると何か楽しい。やっぱり東京は良い。雑多で街ごとに色が違う。場所ごとに空気が違う。聞こえる言葉も人の顔も違う。もうしばらく、この街で暮らしていたいなぁと思う。
 

TEAM ROCK

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 ずっと「迷路ゲーム」をリピートしてたのがまずかったかな。なので夜中に目覚めて、眠れない。
 これを機会に、本棚を片付けよう。