「神童」シナリオ版

「大丈夫だよ、あたしは音楽だから」

随分前の月刊シナリオを引っ張りだして、「神童」(脚本:向井康介)を読んだ。
理由は特に無いんだけど、予告をたまたまネットで見て、振り返った本棚に並べてあったので。

シナリオ誌が出た当時、そして公開された当時、この映画に触れないようにしていたのには、二つ理由があった。
一つ目は、その頃松山ケンイチが出演する映画が公開ラッシュで(確かそうだった)、「神童」も彼を露出させる為の一連の媒体の一つのように思ってしまったからだ。我ながら斜めに物事を見ている気がしないでも無いけど、どうもそういう時期に映画を見ても特別な体験にならないのだ。過去の経験上。
二つ目は、「音楽」と「天才少女」という要素による。この二つについては、どう転んでも脚本上で面白さを保障できない。どちらも具体的に撮影や演技を通してしか確認できないからだ。実際、脚本上でも主人公のうたの弾くピアノの音色に皆がふと耳をすませる、というシーンがあるが、簡単に書かれている分、演技と演出の負担が増えるように思う。もちろん、それがやりたくてこの題材を選んだ訳だから、同時にやりがいもあるのだろうけど。書き手の経験しかの無い私にはリスクが増えるばかりの印象だった。それが二つ目。


音楽の魅力の不安定さ、天才というキャラクターの危うさをカバーしたのは、鍵になる台詞「大丈夫だよ、あたしは音楽だから」と、タイトルの「神童」のように思えた。
音楽が耳に心地よく感じるのは、奏者が気持ちを込めて弾くからで、天才を天才たらしめているのは、やはりそれ以外の凡人達の評価である。そんな当たり前を、脚本も企画も監督も外していない。だから読んでいて安定しているのだと思った。

脚本として読んでみる分には良作だと思えた。向井康介氏とテーマを音楽にした作品の相性の良さも感じた。音以外の周囲のドラマに偏りすぎず、音自体にも撮影時の可能性を脚本上から捨てずに与えてある。
原作や映画を見ても良いかもしれない。