未来観測

 マンションの屋上くらい高ければ、星空の観測は難しくなかった。
 眼下に胡麻ほどの小さい人々と、赤と白のライトが連なって光る産業道路が見える。私と教授は天体望遠鏡を夜空に向けながらあれやこれやと話し、最後に訪れるその時を待っていた。
 「星の光が何億光年昔の光だなんて話は、最近の若い人達の間でするのかい?」
 「どうでしょうね、分からないけど、やっぱりするんじゃないですかね?」
 「うーん、そうか。君はそういう話にロマンを感じたりするかい?」
 「私は、そういう話は好きですよ。太古の光が現在に届くって、重みを感じます」
 そういうと、教授は空を見上げて少しの間黙っていた。もうすぐ60になろうかという教授が「あー」と小さな声で何かを見つめていると、となりにいるのが小さな男の子のような気がしてくる。
 「私たちの時間認識は、現在、過去、未来となっているだろう」
 「なんですかいきなり」
 「しかしその他に、もう一つの時空を生きている。想像上の近しい未来、それを私は、中未来と呼ぶことにする」
 「中未来、どうなんですかそれ」
 「いいから。名前については流してくれ。中未来とは、明日、20日後、1年後、3年後、10年後などの比較的短い間の未来のことだ。単なる未来よりも、より具体的な、想像上でありながらもリアリティを保った未来だよ。その中未来には現在から続いているプロセスがしっかりと存在していて、あらゆる突発的な出来事の可能性も含まれている。もちろん想像できる範囲だが」
 「それって未来じゃないんですか」
 「これからは違う。だから別の名前をつけるんだよ。私たちが実際過ごしている現在という時間は、一瞬の出来事でしかない。しかしそこに過去と未来が感じられるのは、それまでの道筋が現在という一瞬にも刻まれているからだ。しかし人が現在の話をするとき、その道筋を抜きには語れない。そしてその道筋が見えるか見えないかには、個人差がある。それが、コミュニケーションを取り合う上で問題になっているとは思わないか?」
 正直、どうして星の光の話からそういう問題が浮き彫りにされたのかは分からないが、真剣な教授の眼差しに何か答えなければならない気がした。
 「それを短くすると、どういうことです?」

 「星の光の厚さを、お互いに調べ合おう、ということだよ」
 なんとなく、なんとなくだけど分かった、ような気がする。私が難しさを横顔で表現すると、教授は星へ視線を戻した。
 「そろそろ、時間だ」
 そう教授がつぶやくと、辺り一面の街の光が消え出した。大規模な停電。幾つか残る街の光は、病院、警察署、消防署などのものだ。
 「どうやったんですか?」
 「何もしてないよ。言うなれば、神の思し召しだ」
 夜空には幾つもの光があり、そのどれ一つとして同じ光の層ではないのだと、教授は語った。