海を泳ぐ二匹の魚。

 最初の記憶は二匹の魚だ。
 一番古い記憶は両親が旅行で連れて行ったハワイの海の出来事だ。僕はまだ言葉を話すこともままならなかったから、記憶するには「ずっと覚えている」しか方法は無かった。
 当時から今まで残っている写真では、姉がホテルのベランダで足を組みながらカメラに視線をやる姿が写っている。外は暗い闇でしかなくて、ハワイかそれとも、近所のマンションのベランダか分からないくらいだ。未だにハワイと聞くと両親は嬉しそうに旅行の話をするが、僕には思い出と呼べるほどのものはなく、ただ相づちを打つ。そして自分の知らない自分の歴史に思いを馳せる。
 二匹の魚は本当にいたのか。そのことを考えると、実は何処かで見た絵画の記憶ではないか、テレビで見た映像や映画の画なのではないかと、何かとあやしくて仕方が無い。記憶ほど自分に都合の良い世界はないと、自分自身が一番よく分かっている。
 自分の人生が意味のあるものとして、もしテーマを持ちうるとしたら、それは二匹の魚の記憶から始めるのが妥当だろうという気がする。何を美しく脚色し、何を忘れていったのか、その手がかりが二匹の魚だとすれば。