夢の中で、好きな人の、愛する人を探す。

 夢の中で、男は年上の女性を好きになった。
 小柄な彼女は、生まれつきかどうか分からなかったが、足が悪かった。動かせるのは上半身、両腕、掌、そして表情と口元。好きになってしまったその男は、彼女を両腕で大事そうに抱えて、北を目指す。彼女は不思議と重くなくて、軽くもなくて、疲れることはない。なぜ北なのかは、分からないが、彼女が行きたいのだそうだ。
 彼女とその男はいろんな話をする。今歩いている町の歴史、表情が豊かだと得をする話、彼女は博識で男は何度もなるほどと言った。そして彼女は言う、「あなたのこと好きよ。私のことも、好きでしょ」。男は黙って考えた。本当に彼女が好きなのだろうか?
 雪がちらつき始めて、そのまま道が白く染まりだした。目的地は近い。ここはもう随分と寒くて、男は背中でがたがた震えたけど、彼女を抱えた胸は暖かかった。彼女は笑っていた。出会った頃、そうであったように。男が二つに別れた道で、彼女に道を尋ねると、彼女はそれに答えなかった。そして代わりに、彼女の愛している男の話を始めた。
 彼女の愛した男は、この国の男では無かった。今は別の国で暮らしている、と思う、と少しうつむいて言う。名前は聞き取れなかった。この国の名前じゃなくて上手く聞き取れなかったのもあるけど、なによりもう一度名前を訪ねる気にならなかったのが、男の素直な気持ちだった。彼女は愛している男の話では、静かになる。あまり笑わないし、多くを語らない。黙っているわけではないけど、その言葉の一つ一つは、男にとって何かを避けて通る優しさに感じられた。
 彼女から、とても寂しい優しさを教わった気がした。

 「この道は、こっちが北へ続いてるよ」

 彼女は、いく? いかない?と男に訴え、瞳で答えを待った。
 男は歩き出した。北へ続く道へ。なぜなら、彼女が好きだからだ。やっと答えが、出たからだ。
 

ジョゼと虎と魚たち(Oirginal Sound Track)

ジョゼと虎と魚たち(Oirginal Sound Track)

 目が覚めて、男は虚しい気持ちになった。そして年上の彼女のことを、現実に帰ってからも、心配した。