光に集まる虫たち。

 サイさんは、故郷の夏はもっと乾いていると言っていた。
 サイさんは、僕が缶ビールを買って戻るころには、しゃがみこんで随分静かになっていた。ついさっきまで散々別れた男の悪口を言っては、「忌々しい!」というような意味の母国語を言いながら顔を歪ませ、「こういう日は日本では酒を飲んで忘れるのだろう?」と、早く帰ろうと思っていた僕を睨みつけ、何件も店を渡りあるいたあげく散々騒いでいたのに、今は静かに深夜の道路工事の照明を見ている。僕はサイさんに買ってこいと言われたはずのビールを渡して良いものかどうか少し迷ったが、それしか話しかける為の最初の言葉が出なかったので、袋から長い缶ビールを取り出した。
 「ほら、サイさん、ビール」
 「ありがと」
 意外に素直な返事だったので、僕は少し驚いた。いつもは元気にはしゃいでいるはずのサイさんの、短い返事に僕は静かに動揺しはじめていた。
 「長いの買ってこなくてもいいだろ」
 「サイさんが呑み足りないとか言うから」
 「そっか」
 それからサイさんは少し黙って、それから缶ビールのプルトップを開けた。すこし泡が漏れる。サイさんはそこに静かに唇を合わせて泡をなめた。僕は見ていられなくて工事のおじさん達に眼をそらした。
 「どう思う?」
 「何が」
 「何が悪かったと思う?」
 そう聞かれて、僕はどう答えるべきか迷った。サイさんと彼氏さんは、確かに似ていたけど、お似合いだったけど、どこか似過ぎていたのかもしれない。でもそんなこと言いたくなかった。今のサイさんにも、これからのサイさんにも言いたくなかった。それが答えだ。でも、それを言ったらサイさん、きっと、困るから。
 「やっぱりいい」
 サイさんはそう言って立ち上がった。そしてビールを全て飲み干すと、先に帰るぞと僕に手をのばした。僕は、握手するようにその手をつかんだ。
 それからサイさんとは会っていない。故郷へ帰ったと誰かから聞いた。