夕暮れの少女とアメフラシ

 思い出は遠く昔。
 少女の名はキリコと言った。幼い頃から祖母に可愛がられ、母が働きに出る夕暮れには、いつも祖母のすぐ隣に座って一緒に夕食を食べた。キリコが幼い頃、父は母を罵りながら家を出て行き、そのまま二度とキリコに会いに来ることは無かった。覚えている父親の記憶と言えば、タバコをよく吸う人だということだけだった。

 祖母はよくキリコと新聞を一緒に読んだ。母が一緒におらず苦労して生活している分、祖母はキリコによく勉強を教えた。キリコは本を与えられ、祖母の教える習字教室の子供達と一緒に筆の使い方を覚えさせられた。キリコがよくできると祖母はいつも笑顔で褒めた。キリコはそれが嬉しくてもっと勉強した。母はあまり褒めてくれることが無かったけど、祖母に内緒で飴をよくくれた。
 
 ある朝新聞が届いた。キリコは字を一人で読めるくらいにはなっていたけど、祖母が新聞を子供の手が届かない高い所へ置くのを見て、きっと読んではいけないのだなと理解した。祖母は何も言わずに台所へ行った。
 その晩食べたヒジキがなんだかとても黒くて、キリコが「おばあちゃんヒジキ焦がしたの?」と聞くと、祖母は少し黙って「苦かったかい?」と答えた。キリコは「おいしいよ」と答えた。

 ある朝、キリコは早起きした。祖母がビニールひもで縛った新聞の束を捨てたのを確認して、束から一部だけ新聞を取り出した。あの日の新聞だった。見覚えのある男の顔と、火事に巻き込まれて死んだと記事が載っていた。