やりなおしの物語

 仕事終わりに皆でお酒を飲む。
 ちょうど良い感じに酔いが回って調子が良くて、いろいろ話してしまう。くだらない話から、やっぱり最近の恋愛話へ。そしてその中に、つい昨日、彼氏に振られた女の子がいた。
 その子の彼は、本気でバンドでプロを目指しているらしかった。それを彼女にも支えてもらっていたようで。金銭的な意味というよりは、心を預けられる人、というような印象だった。フィクションでもよく聞くような話だなーとは思う。けれど彼女にとっては、とても難しくて、でも意味のある「今の自分」の話。眼の前で彼女はカクテルを飲みながら、遠くを見つめる。視線の先にいる彼のことを私も想像して、少し胸が痛くなった。
 素直に真面目に生きている人たちを、こうして悩ませる全てのものを私は憎む。
 同時に、誰かを巻き込みながら生きていくことでしか幸福に近づけない人たちにも、私は共感する。
 私はどっちなんだ。どっちでも無いのか。

 彼と彼女が別れたのは昨日で二回目だという。それも、浮気をしたとかされたとか、そんな具体的な原因ではなくて、「続けられなくなった」とのこと。二度目の時も「やり直せると思って、やっぱり無理になった」とのこと。原因が何処にあって、何処に無いのか。考えてみても分からないことだらけで、けれど考えないわけにもいかなくて、彼女と私は次の飲み物を頼んだ。
 話を聞いていて、ぞっとしてしまった。私の場合、似た思いを相手にさせてしまったことがある。逆の立場。眼の前の彼女が、あの頃の好きな人と同じ世界から来た人のようで、眼をだんだん合わせられなくなった。彼女に謝って許されるようなことではもちろん無いけれど、別れた彼の責任が私の中にも似た形で残っている気がして、彼女の話を聞き続けた。話を聞くことで、私は懺悔のようなことをしていたのかもしれない。そしてそれをずるいと、思った。理由は分からない。酔った頭はそう判断した、でもそれを正しいと冷静な今でも思う。
 そうして朝になった。
 

 私も二度付き合って、二度別れた。それも説明できる理由がある訳でもなく。
 その頃の私は、好きな人にも誰にも決して打ち明けられない重い苦悩の中に沈んでいて、自分の中にある大きな不安の穴がいつも気になっていて、ほとんどの時間をそれを覗くことに費やしていた。原因は心の中にしかなかったし、解決できる類いのものでも無くて。だから誰にも会いたくなかったし、誰にも近づいて欲しくなかった。日常生活を送るだけのエネルギーですら、その時の私には全力を出さないといけなかった。笑うのが苦痛。心の底から笑えることなんか本当に一つもなくて、安心して眠れる夜なんて一度も無かった。何度も寝返りをうって、壁を見つめたまま、疲れて眠れるようになるのを待った。死ぬことは出来なかった。生きたくても生きられない人がいたから。
 説明できる理由が無かったのではなくて、それを表現する言葉を持たなかったのかもしれない。それを伝える勇気が無かったのかもしれない。今なら話せると思う。でも、それは今が、一番苦しかったその頃では無いから。その頃のことを考えると、やっぱり無理かもしれない。分からない。良いことでは無いし、どれほど多くの人に迷惑をかけたか、それは理解している。理解しているだけではダメだと思うから、行動で示そうと、今生きている。

 彼女に三度目のやり直しの物語があるのなら、そう、彼女が望むのなら、私は応援しよう。
 自分の幸せが何処にあるかとか、それが誰にとっての不幸なのかとか、私は考え続けよう。そうして私が出来そうなことを、何処かで欲しがっている人に。
 彼女の物語が、彼女なりに納得できるものであることを、願って。