蚊帳の内

 今日はタマネギをメインにした料理の話をした。
 彼女の実家から夏になると届く野菜達。もう25歳にもなるのに、元気で食べているかとか、お金はあるのかとか、そういうことをうんざりする程聞かされるらしい。彼女は洗濯機の回るベランダでタバコの煙を空へ向かって吐き出している。彼女の家族は彼女のことを大事に想っているんだろうなぁとか、世の中には物語のような家族のやりとりがあるんだなぁとか、窓から見える夏空が彼女の故郷にも繋がっているような気がした。そうして愚かな私は、彼女の声に気付かず返事のタイミングを逃した。
 「いつから付き合ってた?」
 ぼんやり気を抜いていた私の返事が遅れてしまい、まるでその質問がとても答えにくい言葉のように、二人の間へ漂った。
 「わたしのこと?」 「うん」
 どんな言葉より表情より、沈黙は全てを語るだろう。無意識の肯定と否定が相手へと伝わってしまった後では、どんな言葉も後付けの補足にしかならない。彼女が知りたいことはこの瞬間、もう全て伝わってしまった。あとは私と彼女の関係について、どちらがどちらを蚊帳の外へ置いていたのかを、残酷な方法で声にするだけだ。ただそれだけの、恐ろしくシンプルな手順。
 「ごめんね」 「うん」
 大人になった私がこの世で一番憎いと思うようになったこと、それは謝ることだ。相手に許させること。赦せざるを得ない相手は、自分の感情の行き場を失って、自我崩壊するか曖昧に不器用な笑顔を作るしかない。間違いは誰にでもある。それはお互いが人間であるから必ず成り立つ前提条件。それを後ろ盾にしている私は、最低だ。それが現在の私だ。けれど大人になった私は、自分を肯定することも同時に上手くなった。私は最低だし、正直だとも思う。
 「いつか言わなきゃって、思ってたんだよ」
 私は正直だから、本当のことを言った。いつかは言おうと思っていた。それは真実だ。努力はしたが、結局言えなかった。それは機会がなくて、タイミングが悪くて、なんとなく、なんとなくだった。つまりは、私は楽をしただけだ。彼女も好きだったし、彼も好きだった。だから、大事な言葉はどこかへこぼれ落ちた。拾う振りを続けて、私は他のことをしていた。今日だって、タマネギの話をしていたのは、そういうこと。

 *

 空は青い。蝉はうるさい。いつもの夏だ。ただ、彼女はしばらくして跡形も無く消えていった。