善き人のためのソナタ

 隣人に監視される情熱と芸術の時代。

善き人のためのソナタ スタンダード・エディション [DVD]

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1984年の東ベルリン。国家保安省(シュタージ)の局員ヴィースラー大尉は国家に忠誠を誓っていた。ある日彼は、反体制の疑いのある劇作家ドライマンとその同棲相手の舞台女優クリスタを監視するよう命じられる。さっそくドライマンのアパートには盗聴器が仕掛けられ、ヴィースラーは徹底した監視を開始する。しかし、音楽や文学を語り合い、深く愛し合う彼らの世界にヴィースラーは次第に共鳴していく。そして、ドライマンが弾いたピアノソナタを耳にした時、ヴィースラーの心は激しく揺さぶられてしまう。

 時代背景もそうだし、やはり第一印象は堅苦しく思える映画です。ただ、それだけで敬遠されてしまうのはもったいない。よくできた構成ですし、幸福と不幸がバランスよく振り分けられたようなラストシーンにはとても深く感情移入できました。
 芸術はどのように人の心へ働きかけるか? 情熱は何処から生まれてくるのか?
 前者がヴィースラーであるし、後者がドライマンです。二人によって物語の中で答えが導かれます。この対比もとてもキレイ。その間で苦しむクリスタも重要な役割です。彼女が守るのは何で、裏切るのは何なのか。ただ、やはりあのようにしか物語上彼女の最後を扱えなかったのかと思うと、やっぱり少し残念な気もしますけど。
 依然国に忠誠を誓うヴィースラーがドライマンへの監視を続けている途中、監視を終えて帰宅したヴィースラーは娼婦を家へ呼びます。それまで質素な食事を取り眠るだけだったヴィースラーの生活にしては、とても大きな変化です。娼婦は彼を満足させ、契約した時間も過ぎて彼から離れようとします。その時、ヴィースラーが一度彼女の胸に顔を埋める。それまで冷徹な尋問を得意分野とし情に流されなかったヴィースラーが、急に子どものように乳房へ甘える姿。離れたくない。何かにしがみついて、今ある「隙間」を埋めていたい。しかし娼婦は「次の客が待っているから」と出て行きます。このシーンを超えてからグッと彼が人間らしく見えてきます。観ていてせつなくもなります。とてもよいシーンです。

 面白かったです。