ぐるりのこと。

 ぐるりのこと。ある夫婦の、10年間の物語。
 よく聞くじゃない。大切な人やものを失って、代わりに何かを得たとか。優しくなれたとか。また一つ大人になったとか。痛みが分かるようになったとか。
 そんなことは、やっぱり無いと思う。
 何も得たりしないよ。何を間違ったんだろうとか、自分に落ち度があるって責めるよ。もしくは相手を責めるよ。関係ない人や世界を恨むよ。息苦しくなって動けなくなるよ。そうして失ったものをどんどん大きく感じるようになる。重くなる。例外無く、全ての人がそうだと思う。失うことと新しく何かを得ることの間は、途方もなく離れていて、それは失ってみて初めて分かる距離だ。離れ過ぎていて、むしろ無関係なんだろう。何処まで行っても立ち直れないかもしれない、もう苦しいのは嫌だ、消えてなくなりたい。そうして本当に消えていった人もいるのだろう。
 映画の中で、それは「逃げる」という台詞で語られる。生きていくことから、逃げること。
 この夫婦は逃げなかった。でも立ち向かおうとか、乗り越えようとか、そういうことでもなくて。新しく手に入れようとか、マイナスをプラスに逆転させようってこと、でも無いんだ。そんなことは、やれる人がやれば良い。というか、そんなの本当は必要ないんだけどね、失った人は誰ひとりとして。
 この夫婦は逃げずに、10年かけて生きていく。時代や取り巻く環境が変わって、その度に逃げたくなってしまうけど、やっぱりここに居続ける。好きな人がいるから。一緒に暮らす。ただそれだけ。
 丁寧に仕事をして、丁寧にご飯を炊いて、丁寧に絵を描く。どれほど難しいことだろう。でも、きっとあなたも私も、同じようにこうやって暮らしていくことができると思うんだ。難しいだろうけど、逃げなければ良いんだから。ゆっくりと暮らそう。そしてたまに、思い出してあげよう。
 リリー・フランキーさん、木村多江さん、二人の演じた夫婦を通して、今自分の周りにいる大事な人のことを考える。
 とても面白かったです。

ぐるりのこと。 [DVD]

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