追いついた。/「ブラックジャックによろしく」

やっと追いついたよ。止まらずに速く、しかし一歩一歩を踏みしめるように、読んだ。

 「ブラックジャックによろしく」、とりあえずの感想をば。
 コミックスを一巻から最新巻まで。とにかく止まらなかった。医療や病気についての知識はもちろんのこと、障害や家族や周囲の人々に関係することを、上手く物語に盛り込んでいる。演出力がすごいと、頭でも心でも感じ取れた気がする。でも苦手な人も多いのかなー。その辺はリアルタイムに読んでいた訳では無いし、聞いて回りたいような気もする。みんな、どうこの漫画を読んだんだろう。
 たぶん、見ていて苦しくなる人も多いと思う。私も何度か苦しくなった。身内がガンで亡くなっているので、抗がん剤の影響や、死を受け入れるとはどういうこと?みたいな問いかけは、何度かページを閉じたもの。心を落ち着かせたくて。
 移植編の結末がまだ読めていないからなんとも言えないけれど、今の所、精神科編が一番好きかもしれない。感覚的に、早川さん(統合失調症の娘さん)の心理描写が心地よかった。水に落ちていく描写は、視覚的に一番胸に響いたように思う。構成的には形がしっかり出来ていたように思うのは癌医療編。読みながら頭の中でストーリーが形をとっていくのが、とてもスマートで美しかった。でも物語が勢いを失わずに、構成を多少崩しながらもまとまっていたのは精神科編のように思う。荒々しい物語だけど、それは二度と作ることはできない荒々しさ。揺れる炎の美しさのようなもの、と書けば分かってもらえるのかなー。

 こういう、取材を綿密にして、医療監督みたいなサポートしてくれる人をつけた創作活動って、どういう風に行われていくのだろう? 読者としては、データが何処まで真実を語っているかは分からない。意図的に出されていない情報や、物語の進展していく中で重要に思える数値や統計が目立たせてあるのかもしれない。でもこれだけ書いてくれると、もう楽しむしかないよね。その辺りについての裏話は何処かで聞けないだろうか。

 面白さの仕組みについて、詳しくはいずれまとめてみたい。今は少しだけ書いてみるね。たぶんだけど、倫理や医療や、命と死んでいないことなんかの、簡単に答えを出せない問題を扱いながら面白いのは、これが「目の前の相手との議論」ではなくて「結末へ向かう漫画」だから。つまり、問題提起と議論を主人公と指導医は毎回対立しながらぶつけ合う訳なんだけど、その中で答えを出せるのは物語が進むから。刻々と状況が変わっていくことで「結末(結論)」を導き出す為の足跡(ヒント)が沢山残っていって、その都度決断する局面を繰り返すからなんだ。
 今この瞬間に、余命一年だったらどうする?って話だけで終わらせないで、例えば恋人ができて余命一年ならどうする? その恋人と結婚してから余命一年なら? 子どもができてからなら? とかとか、条件を細かくして幾つも重ねることで、その時々の答えを見比べることができる。すると、思わぬ所から価値観や常識として無意識に扱ってきたことが表面化してくる。だから難しい問題にも、一つの答えを示すことができる。
 これは議論が、漫画を(物語を)通して進行して発展していくから見えてくるのだと思う。物語が大きな疑問をシミュレートしてくれることで、私たちは答えに手を伸ばすことができる。「例えば……」というある限定された一つ世界での、一つの答えだ。それは応用の効くものなんだ、現実にある他の場合にも。

 とにかく面白かったです。結末に向けて書かれている物語なので、あせらずにゆっくり次の巻を待つとします。