異なる土地の二人。

 以前、写真で私自身を表現したいと、旅行に出たことがあった。
 季節は八月のむし暑い日。大きな飾りの吊るさされた街を歩きながら、浴衣の子どもや男女を写真へとおさめていく。りんご飴、水風船、ちらかる紙コップに、色とりどりの氷と濡れた地面。暑い太陽に伸びる大通りの並木。街を見下ろすように高くそびえ立つ病院の屋上からは、華やかさが小石よりも小さく見えて、その他のものが、より際立って見えた。
 華やかな通りを少し外れただけで、この街のもう一つの顔が見えてくる。油まみれの中華料理屋、店主の見えない古本屋、空き店舗のガラスの向こうには大きな黒い染みが見える。100円のパーキングの隣に古着屋があって、花屋の向かいにキャバクラとカウンターの飲み屋が幾つも入ったビルが立っている。街とは、人と同じだ。それを写真におさめながら、安心して、いつか飽きることを感じていた。
 私が街の間を行き来していると、ふと眼にとまる看板があった。美容室クローゼット。扉だけが木製で、後は全てガラスで中が見える。全身が細くて指の動きが丁寧な女性が小さい男の子の髪を切っていた。
 「こんにちわ」
 私は自分が旅行客であり、写真をとらせてもらえないかと、簡単に告げた。女性は快く受けてくれて、私は二人の様子をカメラにおさめ始めた。男の子は夕方から店の近くの花火大会を見に行くのだと良い、久しぶりに合う歳の離れた兄の話をしてくれた。女性は男の子の鏡を覗く様子を見ながら相づちをして、私は女性の手の動きと落ちていく柔らかい髪の毛にカメラを向けた。
 「おねぇさんは、合いたい人っている?」
 急に聞かれて私は少し困った。合いたい人、だれだろう。会社に行けば嫌でも合う人達を、私は合いたい人とは思えない。親も弟も、とくに合いたいとは思わない。死んでしまった母も、今の距離感に満足している。友達付き合いの上手くない私には、合いたい人は、いない。
 「私は、いるよ」
 女性の柔らかい声がそう告げる。月に一度だけ、髪を切りにくる会社員の男の人がいるらしい。快活で言葉に無駄なところが無く、はさみやカミソリが彼をさっぱりさせていくのが、彼女は楽しみだという。
 「好きなんですか? その男性」
 そういうのとは違うと、女性は言う。整っていくのを見るのが楽しみで、彼が来るのが楽しみなのだと、そう言う。その楽しみは分からなくも無いけれど、きっと、男の方も女性に少しは好意を抱いていると、私は心の中で思った。そして同時に、ある日訪れた彼の薬指が銀色に小さく光っているのが見えて、少し寂しそうな顔をする女性を想像した。私はそういう女だ。

 「例え短い時間でも、自分を必要としてくれるのなら、嬉しいじゃない?」
 私はそう話す女性と、おとなしく髪を切られている男の子を写真に撮って、お礼を言ってから店を出た。気付くとフィルムは全て撮り終わり、交換するフィルムはホテルに戻らないと無いことを思い出した。
 空は夕暮れに染まり始めている。私は自分の撮った写真達を見返すことがあるんだろうか。急に、それはきっと無いのだと、そんな気持ちに心が埋め尽くされる。一瞬を撮り貯めて、私はどうするんだろう。どうして、それでも写真を撮りたいんだろう。

 ホテルから花火を見た。男の子も見ているのだろうか、兄と一緒に。女性も何処かで見ているだろうか。彼も、見ているのだろうか。